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2006年09月07日

テクノロジーへの違和感

ディーゼルはもはや禁句ではない--ガソリン代替エネルギー最有力候補の現状 - CNET Japan から引用

「安価」といえる状態の石油がなくなるまでに、おそらくあと50年は残されているだろう。安価な石油とは、十分に豊富かつ低価格でマイカーの燃料として使用できる状態を指している。石油を安価に入手できなくなると、運輸サービスや軍事利用、緊急車両などでしか使用できなくなるだろう。許可を受けたクラシックカーの収集家などは年間1000ガロンの購入を許可されるだろうが、そうでもないかぎり、石油とその高価な精製物であるガソリンの規則外目的の消費がどうなるのかは想像がつかない。

しかし、それはずっと先の話だ。このコラムを読んでいる大半の読者は、そんな時代になる前に高齢に達して免許を取り上げられているだろう。われわれが心配しているのは、ガソリンがいつなくなるかではなくて現在いくらでガソリンを買えるのかであり、大気汚染が現在どの程度深刻なのかであり、ガソリン消費によってどんな地球規模の問題が生まれているのかだ。「プリウス」のようなエコカーに乗っている一部のユーザーを除き、大半の人たちが求めているのは、マイカーを新しい基準で選択することではなく、燃費がよくそこそこに格好もよくて、今乗っているものよりも安価な自動車だ。

別の言い方をしてみよう。さらに発展した自動車の登場を阻んでいるのは、石油会社の陰謀や自動車メーカーの新奇性の不足だけではない。他ならぬわれわれ自身なのである。われわれは、高いエコカーなど要らないと態度で語っている。

そして、車に求めることは

経済性と俊敏性、高級感である。

と、言い切っている。

記事の終盤では、現代の技術力をもってすればディーゼルは33倍クリーンになる。だからディーゼル車に対する法律も変えなければならないと言ってます。

こうじゃないと石油燃料の問題は解決しないんでしょうかね。ガソリンはまだまだあるよ・・・なんて誤解される口調で書かれているのが問題のような・・・。これは翻訳の所為?

ちょっと話がそれるかもしれませんが、僕の相方のおばあちゃんからこんな話を聞いたことがあります。

戦後まもない頃、車なんてとんでもないという時代。滋賀から大阪まで徒歩で、お米を売りに来ていた方がいたそうです。今考えると俵を持ってどうやって?と、びっくりするような話ですが。おばあちゃんは、その方が来る度にお米を買ったそうです。ご苦労様という気持ちからなのかどうかはわかりませんが、何よりそのお米がとてもおいしかったそうです。

時代は変わってその方が直接大阪に来ることはなくなり、お米を届ける手段が宅急便になっても、その方の田から獲れるお米をおばあちゃんは買い続けています。

おばあちゃんは、おじいちゃんが「おいしい」といって喜んでくれる姿が見たくてお米を炊き、お米とお米をつくってくれた方に感謝する。昔はこんな『つながり』があったんですね。そしておばあちゃんは毎食、素材を厳選します。近くにあるスーパーよりもちょっと遠くの市場まで自転車で行き、売り手と会話をして、自ら素材を確かめています。「おいしい」と食べてくれる家族の笑顔を想像しながら。

地域を感じながらものを食べるということで、おばあちゃんはちょっと豊かなのかもしれません。僕が生まれた頃は、そういう面影はあったかもしれませんが、今ではそのカケラさえ感じなくても生活できてしまいます。

こんなことを書いても、古くさいと一蹴される可能性大ですが、経済性や俊敏性、豊かさを求めてやってきた中で、とてもびっくりするぐらいのメリットがあったかどうかは、はたして分かりません。

便利になったと言っても未だに人は忙しく、余裕がなく、経済的にも潤っている人はほんの一握り。車が高機能になればなるほど、そこに水準をあわせる現代社会では当たり前のことなのかもしれません。

追記: 上記の引用記事について。車を利用する側からすると、代替エネルギーには大きな期待を寄せる部分であるので、とてもいいことのように思いますが、何故法を変えないといけないかなど、説明や伝える内容が不十分なような気がしました。よい方向へ向かいつつあるのに、それが間違った解釈をされるとまずいんではないかと。

2006年08月13日

ロハス・エコ キーワードによる障害

LOHAS(ロハス)というバズワードが流行し、三井物産やトド・プレス社の商標騒ぎがあり、ライセンスを販売するとか、やっぱりしないとか。そういう動きを見ながら、自分なりによく考えてみた。

LOHASという考え方自体をよく見てみると、何かとてもいいことであるような気がする。それが『Web2.0』のように、バズワードとして、ビジネス・マーケティング用語として広がってしまったところに、胡散臭さが漂い、多くの人に広めるはずが結果的にそのキーワードを扱った商品や雑誌、TV番組などを遠ざけてしまう人も増えてしまったのではないかと思う。

ホワイトバンドとの類似として、ロハスの起源が紹介されています。ロハスの問題点

1998年にアメリカの社会学者たちが、カルチュアル・クリエイティブスと呼ばれる環境や健康への意識の高い人たちの存在を確認したのを元に作られたマーケティングコンセプトだそうです。

ひとつのキーワードをマーケティング用語として、ビジネスに活用するのは何も今に始まったことでもなく、商品のコンセプトに共感してモノを買うこともあるだろうし、「この人だったら」と人柄に魅せられて購入もしくは、お店の常連になる場合もある。問題はキーワードや人名だけが一人歩きを始めてしまった時だ。

まして、ロハスやスローライフなどの思想は宗教的に捉えられることも少なくない。そして思想や宗教はビジネス・お金儲けに直結してはいけないものだと多くの人が思っている。だから宗教団体がお金を持っていることに、「怪しい」「胡散臭い」と感じる。

では、思想やコンセプトを広めることに、収益性のないものとあるものに完全に区別しないといけないのだろうか。わたしはそうとは限らないと思う。

日本人の考えとしては、非営利というと収益を得ていない団体と思われがちだが、NPOなど非営利団体と呼ばれるものも、国や地域からの援助が出たり企業が支援したり、その他、会費、寄付金、事業による収入(グッズを販売したり)というように、収益はあります。そのお金を元に組織として事業や活動を行っています。人件費を払うことも許されている。非営利団体は商業優先で利益を得てそれを分配することが目的ではないというだけ。(完全ボランティアで活動しているNPOもあります。)

営利・非営利に限らずホワイトバンドを買う、ロハスグッズを買う、ということで、その事業の活動を支援していることにつながるという事です。

そうすると、ロハスビジネスに忙しい三井物産やトド・プレス、ソトコト(木楽舎)などはもちろん非営利ではないので、ビジネスとして何も悪いことをしているわけではない。しかし今、多くの人たちが批判をするその元になっているのは『コンセプトとやっている事の矛盾』である。ロハスという言葉を商標登録してビジネスを独占することと、言葉の氾濫防止のためとではかなり大きな違いがある。

そしてぼくが一番腑に落ちないのは、ロハスというのがただの言葉であるというのに、あたかもその言葉自体に価値があるように広められていることだ。その結果、あるTV番組でも皮肉られるほどになってしまった。もし本当にロハスという言葉がマーケティングコンセプトとしてつくられたものであるのなら、言葉に関係なくそれを実践してきた人たちの中にこそ価値があるはずである。

また、一人歩きをし始めたのは少なからず受け手によるものもあるはず。

商品やお店、果ては空港まで、利益優先の企業によって広められたキーワードにいつの間にか取り囲まれ、「ロハスはかっこいい」などと簡単に常識へと変換されてしまう。ほんとうにわたし達は想像力が乏しくなっているようだ。

エコカーと呼ばれる排気ガスの発生を少なくした車。エコハウス。エコなエアコン。どれもエコをウリにしたコンセプトの元、消費を促している。企業として利益を得るということになんら変わりはない。エコロジー、スロー、ロハスなどの源流は、本質はこんなエコ商品の大量生産ではないことは考えるまでもない。これはロハスビジネスだけに留まらない。

一般的に言われるロハスは『健康と地球環境に気を配る新しいライフスタイル』を言うらしいが、これのどこのどのあたりが『新しい』のやら。現代社会にとって新しいと思ってしまうほど、人は経済発展や便利さを選んできたということ。『気を配る』なんてさらっと言ってしまうことにも色んな問題が含まれているとも思う。

批判はあってもいいと思う。しかしもう少し想像力を養い、自分で選択し考えられるようになりたいものです。

関連記事など

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2006年07月07日

スローデザイン

スローデザインという考え方 スローデザイン研究会

スローデザイン研究会は、「ナマケモノ倶楽部(環境NGO)」 を発信源に全国的な広がりを見せているスロー運動ともつながりながら、モノづくりを通じ、人と人、人と自然、 人と地域のつながり直しを目標に、エコロジカルで新しいライフスタイルを「住」の現場から提案し、創造しようとするグループです。

経済効率優先のスピードの中で失われつつあるものを、その意味を見直して豊かでエコな「スローデザイン」 を考える団体。

単純に昔のものを掘りおこそうというものではなくて、生きるために培われてきた伝統や人間の知恵を学び、「住む・ 生きる」をテーマにいろんな活動をされているようですね。

建築でも生き方においてもいえることだと思いますが、環境をいとわない効率重視のデザインはあちらこちらで進み、 今「エコ」と言ったところで、その循環がおさまる気配はなかなか感じられません。

忘れていた、意味を考えなかった。

これほど怖いものはないなと。。

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